松本 雅利(まつもと・まさとし)
リソース・グローバル・プロフェッショナル・ジャパン株式会社
コンサルタント
米国ゲーム会社の日本法人を皮切りに、比較的外国人の揺さぶりに弱い小さな外資系企業と、仏系自動車会社など比較的大きな外資系でキャリアを積んできた。今はRGP所属のコンサルタントとして日々の 業務にあたるとともに、ビジネスパーソンのSNS、LinkedInクリエーターとして情報発信もおこなっている。
なくなる仕事
最近、書店のビジネス書売り場でよく目にするのは、「AIの進化でなくなる仕事」をテーマにした本です。ビジネス週刊誌でもこの話題が定期的に取り上げられています。
しかし、経理という仕事を真正面から切り込んだ記事に巡り合っていません。なくなる仕事のワンオブゼムでしかなく、経理事務員として消えていく仕事として取り上げることが比較的多いですね。
私が経理という仕事に関わって30年ですが、仕事作法は大きく変化してきました。
あくまで私の経験ベースであることをお断りしておきますが、たとえば、次のような点が挙げられます。
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① 振替伝票の存在→システムの中に内製化。
② 証憑の紙保存→帳簿も含めてPDF化され、デジタル化が加速。
③ 銀行の月末総合振込は紙ベースが基本。パソコンでの振込データ送信はモデム通信。
④ ERPはなくスタンドアローン機。データ保存はクラウドではなくフロッピーディスク。
⑤ 営業は販売管理ソフトを利用。
⑥ グループ、子会社データの取込みは、CSVで集めてマンパワーでまとめる。
⑦ 会計ソフトの入った端末は1台だけで順番を待って入力。
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先日も、パソコンの保存を示すアイコンがフロッピーディスクであることに気づきました。今では、クリック1つでクラウド保存が当たり前ですから、若い方は、フロッピーディスクに触れたことがない方も多いかもしれません。今の経理では当たり前と思っているようなことが、当たり前でなかったりしたのです。かつては、1日の終わりにはフロッピーディスクにバックアップを取っていたものです。
それはさておき、コンビュータおよびインターネットの利用が進んだことで、月次処理、仕訳入力、連結まとめの作業自体に人月がかからなくなってきたことは事実です。特に外資系の場合は、ERPが普及したおかげで、売掛金の消込み、買掛金の計上、支払までを海外の関連会社で行い、減価償却のような定型業務は新規の固定資産などがない限りは、自動的に仕訳が生成されます。そのようなことも日常の風景になりました。
エクセル作業のこれから
今、エクセルで報告書をまとめたりすることが一般的です。そしてエクセルで基本的な関数が使えることが、経理職では必須といわれています。実際、それができないと仕事にならないのも事実です。パワーポイントでプレゼン資料を作成するにしても、資料加工手段としてのエクセルは欠かせません。
しかし、私はそのエクセルを使って作業をすることが、近い将来なくなるのではないかと思っています。たとえばパソコンですが、私が社会に出て間もない頃は、動かすためにはコマンドをその都度入力していました。その手順を踏まないとパソコンは動きませんでした。クリックでのパソコン稼働はWindows95が出て以降のことです。コマンドを入れないと動かなかったパソコンがクリックで動くようになったわけです。
エクセルでも同じようなことが起きると思います。ERPのなかでイメージに近い報告書などのレポートを GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)やクリック1つ、タブレットのタッチに近い形で作ることができるようになるのではないでしょうか? WindowslOなどにはすでにそのような機能も含まれています。
また、現在のERPでもそうですが、売上計上や入出金は、仕訳がわからなくても消込みを含めてできてしまいます。簿記3級で仕訳日記帳から元帳転記という流れを習いますが、そのフローはパソコンを使えばあっという間です。現在の経理をめぐるパソコンやネットワーク環境はすでに簿記3級レベルを超えてきています。そして、これから先、量子コンピュータの領域が一般化した現在のパソコンレベルまで普及するようになれば、経理の仕事がどういった形になるのか想像もつきません。
ただ、経理の仕事がなくなることはありません。会社組織は人間が主役であり、その判断に与するのはやはり人間、経理パーソンなのです。
そうなると、後は数字を読み解く経営センスのある経理でなければならないのは当然のことです。ただ単にシステムに証憑のデータを入力することだけが経理の仕事になってしまうと、自らの付加価値や対価としての報酬はもうそんなに上がらないような気がします。現在、非正規社員の増加が社会問題化していますが、ERPにデータを入れるだけなら簿記資格は必要ないのです。今はそんな時代にすでになってきているような気がします。簿記資格のない派遣社員が入力したデータの積上げでその月の売上が固まる、今はもうそんな時代だと思います。それは読者のみなさんも実感されている点ではないでしょうか?
アフターコロナと経理
新型コロナウイルス感染症の影響は、量子コンピュータやAI以前に、仕事のやり方の変革を日本の会社社会に迫っているように思えます。今後は、経理という仕事ではペーパーレス化が急速に進むのではないかと思います。確定申告はもはや電子申告が当たり前になってきていますし、領収書がPDFで送られてくる、もしくはダウンロードするというのも日常的になってきています。そういえば、給与所得者の医療費控除の領収書や転職した場合の前職の源泉徴収票の添付も必要なくなっています。そして、電子決済が普通になっても、わざわざ打ち出して領収書や請求書を紙で保存していれば何のためのPDFか、ということにもなります。紙ベースの証憑ではリモートワークはできません。
また、コロナで国境を越えた往来に制限が出てきましたが、逆にZOOMなどを使って、一層海外とのつながりが深くなることも想定できます。時差の問題はありますが、これまでよりも、むしろ海外とのコンタクトが増えることも考えられます。アジアだと時差は 1~2時間ですから、日常的なやりとりが、さまざまな局面で増えてくるでしょう。
そのとき大事なのは、次の3つといえます。
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① 英語で経理を、会社の数字を語れること
② 自分の言いたいことがきっちりと言えること(裏づけとしての経営センス)
③ Alおよびネットワーク技術を常にキャッチアップしていくこと
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この3点を常に意識していれば、読者のあなたが今いる会社にさらなる付加価値を与えることになりますし、あなた個人として考えたとき、将来のキャリアパスに大きな光を与えてくれることになると思います。個人が強い経理パーソンになること。それは会社にとっても、あなた自身にとってもポジテイブな方向性だと思います。
おわりに
私は学生時代、ジャーナリストを目指していました。いろいろあって外資系の経理でキャリアを積んできましたが、会計という世界共通語の世界で生き抜けてきたのは、本連載でこれまでの経験を振り返ってみると、結果的によかったかなと思います。
今回で12回の連載は終わりです。最後までお付き合いいただいた読者のみなさん、ありがとうございました。
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